癌パパ イクメン日和 53 坐禅
	
	
	
	
				



ハードワークで大腸がん罹患⇒期せずしてスローライフを手に入れた癌パパの、脳天気三人衆との毎日を描きます。
      


                         ↓姉妹ブログ 最近無農薬有機野菜作りに凝っています(笑)。
                         150坪有機無農薬菜園 悪戦苦闘日記

page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
可睡斎観光案内 その2
ご訪問ありがとうございます。
日本ブログ村ランキングに参加しています、よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 花ブログ 果樹・野菜(家庭菜園)へ

続いて裏山の古跡へ。

130916-k6.jpg
続いて『活人剣』旧跡。
なんでも日清戦争の講和に李鴻章が日本を訪れた時に、
暗殺されかかってそれを助けた可睡斎縁の人に贈答されたのだとか?

徳川家康の『出世六の字岩』と言い、歴史の一幕にいろんなところでちょびっと関わってますね(笑)。

130916-k7.jpg
同じく荒涼とした裏山、日常の雑念を忘れさせてくれます。

なお、敷地内で『ハンミョウ』をよく見かけました。

私はこの時までその存在すら知らなかったのですが、
和華によると『ミチシルベ』とも言うそうですね?
我々の日々の暮らしが実は自然と密接につながっていることを想起させる名前ですね。

日夜PCの前でサラリーマンやっていると、そんなことを忘れがちになってしまいますが、
思い起こさせてくれるよい一日でした。

130916-k8.jpg
『平和観音』
牡丹園の奥にあります、
子どもたちは、旧跡スタンプラリーをやっていましたが、
2、3スタンプが台風か?ちぎれていたようで、ブーブー言ってました(笑)。

130916-k9.jpg
龍は相変わらず、
「疲れた~。」と、だらだらしています(笑)。


130916-k10.jpg
ナニコレ珍百景にて『緊張するトイレ』で紹介された、
烏枢沙摩明王を祀っているトイレがあり(拝観料\500かかるので行きませんでしたが(笑))、
そのノボリです。

静かに坐禅をしたい私としては、
観光地化は程々にしてもらいたいですが(笑)、
寺院の存続と繁栄、ひいては仏法の復興には重要なのでしょう。


という訳で、可睡斎観光案内でした。


↓よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
page top
可睡斎観光案内
ご訪問ありがとうございます。
日本ブログ村ランキングに参加しています、よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 花ブログ 果樹・野菜(家庭菜園)へ

最近、急な海外出張続きでキリキリ舞いだし、

「そうだ、お寺行って心を静めよう。」

というJR東海のキャッチフレーズバリに(笑)?
袋井可睡斎に行ってきました。

なお、コブ2つ付きなので、あまり静まりませんでした(笑)。

130916-k1.jpg
門前町にて、コンビニ弁当でご満悦(笑)。

130916-k2.jpg
生まれて初めての大吉とか?
毎度おみくじを引くのはやめてほしいです(笑)。

130916-k3.jpg
じぇらーとげんきにてアイスクリームを食す。
最近、卵と牛乳を使っていない精進アイスが売ってませんが、復活してほしいな~。

130916-k4.jpg
坐禅を終えて、可睡斎の裏山にある『出世六の字岩』へ。

130916-k5.jpg
なんでも、その昔武田信玄に攻められた徳川家康が、
この洞窟に逃げ込んで可睡斎の和尚さんがかくまって命拾いしたとか?

可睡斎、けっこう小粒でピリリと辛い山椒のような旧跡が多いのですよね。
土日の骨休めピクニックとしては最適です(笑)。


↓よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ
にほんブログ村
page top
坐禅会 金銭の奴隷
ご訪問ありがとうございます。
日本ブログ村ランキングに参加しています、よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ


遠州名刹 可睡斎の 土曜坐禅会 行って来ました。

GWなので行楽がてらの人も多く、30名ほどが参加。

法話は大抵の場合、

曹洞宗の開祖 道元禅師の書いた『正法眼蔵』の『生死の巻』を読み解き、
生死の悩みを解決するためには仏法的にどのような捉え方で、
どのように身を処していくか、
に的が絞られていたのですが、

観光客も多いということで、
今回は、坐禅の素晴らしさと、
仏法に根ざした日常生活の心がけを
標語のようにいくらか教えて頂きました。

と、聞いていると、


「臨終で、誰も葬式に来んで、あぁ、死んだの、へぇー、
みたいに死に際扱われる人間にならんようにせんとね。
そのためには、は他楽(働く)の精神でいかんといけんね。

ガーン!
父は完全密葬でしたが(苦笑)、
私も今のままだと、、、ちょっと人のために尽くそうと心に誓いました(笑)。

「ムスッとして、よう口利かんような心がけじゃイカンね、
笑顔で(和顔施)、優しい言葉(愛語施)くらいして
少なくとも相手に嫌がられんようにせんと。」

ガガーン!!
いろいろありすぎて、
最近ますます無口で無愛想になってましたがな(笑)。

「少しでも社会に返すために労働はあるべきなのに、
いやいや仕事してただの苦役に成り下がるなんて、
金銭の奴隷になっとるね。」

ガガガーン!!!
社会に還元するために働くなんて、
もう何十年前の青い頃考えてた事でしょ~か~、

初心に帰り、自己実現とともに社会のために働こうと心に誓いました(笑)。


観光客向けの初歩的な内容でも、
しっかり身に染みた一日でした(笑)。

↓よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村
page top
坐禅会 子育てについて
よく近隣の小学生達が学校行事で山の学習に来たりしている
袋井可睡斎ですが、
(と、毎回ながら私が怪しい新興宗教に興じている訳ではない事を注釈します)

今回の土曜参禅会は、中学生?連れの家族連れが来ていました。

FOLFOX中で危機一髪的な感じで坐禅会に参加していた頃は、
死をホントに身近に感じ、一日一日思いつめていた事もあり、
坐禅していても清涼感な感じがあったのですが、

最近は昇進騒ぎやら中国出張やらで頭が一杯で、
雑念だらけ(笑)。

世の執着や煩悩から一時でもいいから離れるよう心掛けたいものです。

さて、坐禅の後の法話では、
可睡斎の後堂さん、
子どもたちが来て張り切って、、、

「最近の子供はゲームばっかやってていかん。」
「最近の親は子供が小さいうちから
いい大学に行かせるために塾ばっか行かせて、
日一日大切に生きることがまず重要なのに
そういうもっと大切な事を教え込め!」

とかを、山口弁でまくし立てる。
ちょっと怖いです。

龍も日頃の生活がなってないので、
山門に修行に出して、和尚さんに喝を入れてもらおうかな~(笑)。


なお、可睡斎のお坊さんの宣伝ですが(笑)、

秋葉神社と可睡斎は、
明治の神仏分離令までは同じ山門だったらしく、
当時は江戸以前から続いている、
お伊勢参り、金比羅参り、秋葉参りとかに並んで、
それは盛況だったとか?

悠久の歴史を持つ山門の禅堂で、
静かに坐禅をしてほっと一息の一日でした。

↓よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村
page top
坐禅会 曹洞宗教義
龍:
「コンコルド人間、略してコンコルゲン、パヤパヤ
誰にもなれとは言われてないけど、私はコンコルゲン、パヤパヤ
あ~、ほめられて伸びるタイプなの~。」

と言う、地元のパチンコ屋のCMを
ノリノリで口ずさむ息子の将来が心配でたまらない癌パパです(笑)。

---------------------------------------------------------------------
さて、先日は恒例の可睡斎坐禅会で
仏教(曹洞宗)の教義を
分かりやすく解説してもらいました。


生老病死 
人間いくら頑張っても勝手に老いていくし、いずれは病気になって死ぬ
自分の意志でどうにかなるものは一つもない

すなわち人は(大いなる大自然とか仏とか言ったものに)
生かされている存在である

なのに自分の意志(我)でどうにかしようと考えるから
人は苦しむのである

この呪縛から解かれ(無我)、
この世界に静かに感謝して生きていくには
坐禅をして想念やら煩悩から開放されるにしくはない

かくして、
『ただ坐るひたすら坐る』
を実践し自然と一体にやすらかに生きていこう
と言うのが曹洞宗の本質である

仏教全体の視点から見るとまたいろいろありそうですが、
少なくとも和尚さんの坐禅に関する論点を
平たく言うとこんな感じで、
身も蓋もないですね(笑)。

実際は、これを凄腕の講談師のように
聴かせるように喋るから和尚さんはすごいな~。

<ましゃ和尚>
130225-m1.jpg
人の命には限りがありましゅ、
日々精一杯生きるんでしゅよ。

はい、心に刻みます(笑)。


↓よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村
page top
坐禅会 時代
既に生活の一部になっている坐禅ですが、

(最近、イクメンが功を奏しすぎたのか、
私の書斎で子どもと一緒に寝ることになってしまい、
就寝前の坐禅はできなくなってしまいましたが(笑))

今日の可睡斎坐禅会は、
なんと本場中国の団体旅行客が坐禅体験に。

禅堂にタン吐かんかね~、とドキドキしてましたが(笑)、
案外、静かに坐禅に取り組んでたりして。

髪の毛を紫色に染めた、大きな声で下世話な話をする、
日本のオバチャンたちよりは余程上品でした(笑)。

70年前なら、こんなシチュエーション、
逆立ちしても無いはずでしたが、
時代は流れるのだな~、としみじみ。

山深い閑静な禅堂で、静かに坐禅に興じる今に幸福を感じました。

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
page top
坐禅会 無財の七施
久々に坐禅会の記事を。

だいたい毎週行っているのですが、今回珍しいことがありました。

NHK BSの取材です!

と言っても、可睡斎に数多くいるヤサグレおじさん
の有様を取材しているわけでも何でもなく(笑)、

なんやら若い女性が坐禅していて、取材されていたので
(女性の出家は珍しいからかな~、心の時代やね~)
と、思っていたら、

その後の和尚さんの話で、グラビアアイドルの”めぐみ”だったとか(笑)。
ほとんどテレビ見ないのでサッパリ分かりまへんでしたが、、、、

来月 のNKH BSのなんかの番組で放映されるらしいので、
ひょっとしたら端っこに映ってるかもしれないから
BS契約している人に録画してもらおう(笑)。

それにしても女優って化粧で化けるのね(意味深、笑)



法話の方は、
無財の七施
を教えて頂きました。

日頃、利己的に生きていると、
死に際その業が出てもがき苦しむので、
利他的に生きましょう。

特に財産が無くても出来る利他行があります。

1. 眼施  (優しい眼差しで人と接する)
2. 和顔施 (優しい面もちで人と接する)
3. 愛語施 (いたわりの言葉をかける)
4. 身施  (人のために行動する)
5. 心施  (人の気持ちを汲む)
6. 牀座施 (席や立場を譲る)
7. 房舎施 (傘を貸す、家に招待して楽しんでもらう)

おおお、
これまでの人生、一度でも利他的に生きたことがあるのでしょ~か~(苦悩)

確かに利己的な事ばかり考えていては、
(なんで俺がこの若さで癌になって死なにゃならんのだ)
(もっと生きて余生まで楽しみたかったのに~)
(☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓(ダーク過ぎてとても書けない、笑))
とか、普段は納得していたつもりでも(唯識学で分類される所の、阿頼耶識なんだって)
死に際、噴出して泥沼そうです(同、末那識なんだって)。

これ、『正法眼蔵』生死の巻の一節

仏となるに、いと易き道あり。
もろもろの悪を作らず、
生死に著する心なく、
一切衆生のために、あわれみふかくして、
上をうやまい下をあわれみ、
よろずを厭う心なく、
願う心なくて、心に思う事無く、
憂ふることなき、
これを仏となずく。
また他にたずぬる事なかれ。

と、符合しますね。

これまで意味わかんなかったですが、
利他行の事を言っていたんだね~。

いただいた『無財の七施』の行書書き
デスクトップ壁紙にして忘れないようにして
実践しよう~。

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
page top
坐禅会 人生の目的と真の信仰
今日の一枚
120211-1.jpg
近くの小学校へ遊びに行くところ。
3人兄弟いつも仲良くて幸福な空間を共有できます。
和華さん、いつも笑顔でよいですね~。


恒例の可睡斎坐禅会
今日は浜松文化センターで写経やら法話の口座を開いている
↓のお坊さんのご法話でした。

浜松文化センター講座 心の安らぎ「写経」

テーマは『人生の目的と真の信仰』
む、難しい、、、

話も何やら哲学的で訳分かりませんでしたが、
この言葉は心に響きました。

『正しい信仰とは己を信じ現実をありのままに受け容れること、
人間それがなかなかできないから自我を拭い去り自然に還る坐禅がある。』

『生死についてあれこれ心配しても仕方ない、
我々には預かり物を自然のままに使い切る責務がある。』

私の中では最近すっかりマンネリ化している坐禅ですが、
再発やら死に怯えている自分をも受け容れるために重要な儀式なんですね、
多少なりとも心を落ち着ける事はできますが。

死についてあれこれ悩むのは、本能的に仕方ないような気もしますが、
今の自分の状態をありのままに受け入れ日々を送ること。
なかなか出来ないですが、
これが死を克服する道なのだなぁ、とその時点では頭で理解できました。

また何かあると、すぐ恐慌をきたすのですがね(笑)。
page top
坐禅会 死への覚悟を決める法
120121-1.jpg
ねんねこしゃっさりま~せ~
ねた~こ~の~かわ~あ~い~さ~

この歌詞たまに聞きますが、
中国地方の子守唄と言うらしいですね。
もっと気の利いた題名ないのかな~(笑)
社会生活を営んでいるといろんな雑学が増えてうれしゅ~ございますな~(笑)。


さて、恒例の曹洞宗の名刹可睡斎の坐禅会
日経新聞のおすすめ坐禅修行寺院ランキング5位
ランキングされているレッキとしたお寺ですよ、新興宗教じゃないよ、笑)

今回はめずらしく、
曹洞宗の開祖道元禅師の教えのエッセンスが
一番詰まった『正法眼蔵 生死の巻』
を説法してくださるお坊さんが担当でした。
しばらくいろいろ忙しかったのやら?

新年と言うことで、
『生死の巻』とは離れて、
人間にとって一番普遍的な

『人間どこから来てどこへ往くのか』
『死への覚悟を決める法』
といったテーマでご法話がありました。


我々葬式仏教者(笑)用に噛み砕いて書くと、

人間、
本来大自然(仏法的には”真如”とか”仏”とかでしょうか?)
から生かされて生きている存在ですが、
自我中心で生きておりそれを忘れ、
特に死に際にあれこれ考えて悩んでしまう。
(まるで私に向かって言っているかのような真実味でした、笑)

大自然から縁あって形作られて来て、
また大自然に戻るのが、
森羅万象絶対に揺るがないルールなのですから、
死ぬからと言って、恐れるようなことはない。

その事を肝に銘じて毎日過ごすと、穏やかに毎日過ごせるよ。

と相当噛み砕くとこんな意味でしょうか?

お話を聞くといつもそうですが、
今回も気持ちがずいぶん楽になりました。

元々、現世利益(瞑想による免疫力アップで再発予防&不安解消)目当て始めた坐禅ですが、
8ヶ月も毎日のように続けて座禅して、
毎週ご法話を聞いていると、
何となく、
「魅力的な教えだし、曹洞宗に帰依してもいいかもな~。」
なんて思えてきます。

統計的に言って、
私の死亡率は5年で30~40%

これまで不安を打ち消すために
治療情報や症状を調べたり、
数値化して客観的に病状その他判断できるようにしたり、
代替療法を取り入れたり、
といろいろやって来ましたが、
それがいざ死に際に際して役に立つかというと
実際何の役にも立たないであろう事に気づかされました。

戦国武将やら維新の志士みたいに肝っ玉太ければ別ですが、
結局、死に際には、怯えて慌てふためくか、
そうとうブルーになって諦めるか、
諦めずにいつまでももがき苦しむか、
しなければなりません。

また、たとえ今回助かったとしても、
いずれ死に直面するのは必定。

せっかくこんなによい御縁で
一般向けにやさしく教義を教えていただけるのだし、
再発していない冷静に物事を考えられる今のうちに、
仏法の根幹の教えを咀嚼して
『死への覚悟を決める法』
を見出すことが重要に思えてきました。

毎週説法に出てくれないかな~、あのお坊さん(笑)。
page top
坐禅会 人間死ぬまでは生きている
111217-masa.jpg
お猿さんと仲良しでしゅね~、
他にお気に入りの玩具といえば、ロディーのぬいぐるみ。


今日は恒例の坐禅会、
最近1時間ほど座禅していると、
暖かで満ち足りた気持ちになるため(頭の中幸せかも、笑)
病みつきになりますね、坐禅。

坐禅を続けていると落ち着いてきて、
焦燥に駆られたり、息が詰まる様な感覚に陥ることがなくなるため、
日常生活にも有効、癌が完治しても続けよう、

今日の説法は可睡斎の斎主様(一番偉い人)でした。

みんながみんな、
近々逼迫するかもしれない死の問題に直面して、
生死一如やら真如やらに興味津々なわけではない、
と察してか、趣味の坐禅者用の平易なお話でしたが、
棺桶に片足突っ込んでいるような(失礼)高齢の和尚さんのため、
死への心構えについて延々と説かれて
(まさか目の前に癌患者がいるとは思ってないでしょうが、、、)参考になりました。

○人間往々にして、欲求不満で負の感情を持って生活しがちだが、
心がけ次第で楽しく前向きになれるのだから、
何事も気楽に構えて楽しく人生を過ごそう。
そうすれば周りもその功徳にあずかれる。

○今日その日を楽しむことのできない人は、
一生楽しく過ごすことは出来ません。

○人間死ぬまでは生きているんだから、
あまり死に対してくよくよ考えず楽しく過ごそう。

『正法眼蔵 生死の巻』の一節
生というときには生より他にものなく
滅というとき、滅の他にものなし。
そのもので、
修行道場を切り盛りするような真面目なお坊さんは
やはり経典通りに日々考え過ごしているんですね~。

私は癌前も癌後も、ともすれば、すぐ不満や恐れを感じ、
グレーな気持ちに陥りがちだったため、
今日の平易なご法話はとても参考になりました。
page top
座禅会 目からウロコ
今日も恒例の座禅会、
FOLFOXの痺れが若干あるため、
念には念を入れて精進アイスは食さず。

たいていFOLFOXの週は、
月曜日投与で土曜日くらいは抜けきっていなくて、
座禅できたとしても悶々としているのですが、
今週はズル休みたくさんしたかいもあり(笑)、
そこそこ集中できました。

無心にはあまりなれなかったけど、
今後の生活計画について、坐禅ならではでのいろいろな考えが及びました。

中でも、「在家信者になろうかな~」とふと思ったのには正直ビックリ。
坐禅でもしてゆっくり自分の周辺を考えてみないと出てこない思想です。
よくよく考えてみると、
在家信者でも守るべき仏教五戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)については、
元々嘘のつけない性格だし、
癌のかいもあって、酒も肉食もやめており、ほとんどクリアできているではありませんか(笑)。

一度きりの人生、またまた思い切ってもいいかもな~(笑)。



さて、ご法話の方ですが、

私にとって生死の問題は、けっこう差し迫っており、
『正法眼蔵 生死の巻』を教えてくれる和尚さんのお話がぜひ聞きたかったのですが、
今日は別の和尚さんでした、ちょっと残念。

しかしながら、
永平寺で長年修行をしていた素朴で無骨な和尚さんで、
目からウロコのお話を聞くことが出来ました。

○人間の存在も草や木と同様、大自然の一部である
日頃PCなどいじっているとそんな気は全然しなかったのですが、
我々も生き物、当たり前といえば当たり前ですね。
坐禅して頭で考えている妄想を取り去れば、大自然と一体になれる存在のはずでした。

○国民一人ひとりが仏教徒になればよりよい社会が造られる
皆、五戒を守っていれば、
殺人事件、窃盗事件、詐欺なんてあるはずもないわけで、
当然といえば当然、これも目からウロコでした。

さて、来週はまた精進アイスを楽しみにしていよう(笑)。
page top
早朝坐禅の効果
脳腫瘍でも20年も生き延びたシュレベールが『癌に効く生活』の中で、
瞑想が
・アルファ波が出ていい
・脳波がカオス⇒コヒーレントになっていい(アルファ波とはまた違う概念らしい)
・副交感神経が優位になっていい
・免疫力向上効果があっていい

としきりに勧めるので、日本でやるなら坐禅でしょ、という訳でこんな坐禅座布団まで用意して!

取り組んでいます。
癌治療っていちいちお金かかりますね~(ただの趣味だろう、、、)。

最初取り組みだしたときは寝る前30分のみで、
それでも、
一日の興奮を沈静化させて安眠効果があったり、
瞑想中にいろいろ過去のシガラミやらの整理が着き、
ほどけて行く気がして、とっても効果的に感じました。

最近さらに、
可睡斎の和尚さんの、
「朝晩少しでも坐禅の時間を設け、ゆっくり座を正す事により、
眼耳鼻舌身意の有意的活動の停止(自然との一体化)
⇒苦しみの基となる煩悩の昇華
⇒苦しみからの開放
に導かれる。」
との言に従い、早朝も追加して坐禅を実践しています。

早朝の坐禅を少し入れただけで、
・通勤時に『玄米や』にお弁当を取りに行くのを忘れて、あわてて会社から引き返したり
・ゴミ出しを忘れて出勤してしまい嫁に白眼視されたり
・ぼーっとしていて、車を駐車場に置き忘れてしまったり

と、朝はボケボケ、、、ではなくて(全て事実、笑)、

日常生活のいろんな葛藤やタスクの中で、
とてもブログには書けないような、
カオシックな、ドロドロした頭の中に陥っている状態を俯瞰して見ることができ、
自分がいかに煩悩にまみれて生活しているかを自認するようになりました。

これまでよくそんな状態で毎日過ごしていたな~、と感慨ひとしお。
孫悟空を見ているお釈迦様のよう?(大げさ)
これからはそんな状態に陥る前に、未然に平常心を取り戻せそうです。

坐禅で免疫力UPも図られている事だし、
このペースで癌を駆逐するぞ!!(煩悩まみれ)
page top
坐禅会8 精進料理
恒例の坐禅会、今回は先回食べた精進料理の御紹介

可睡斎で出されている
期間限定のゆり膳(ゆり根をあしらった精進料理)でした。
1,500円
ゆりの根にはホウレンソウの20倍の鉄分が含まれているとか。

メニューは、ゆり根入り白米、ごま豆腐、ゆでとうもろこし、
さくらんぼ、精進揚げ、味噌汁、さつま揚げ、
etc、

さすがに精進料理、ゲルソンやマクロビ限定も難なくクリア、
大部分の料理にはほとんど塩入ってませんでした。
110716_syoujin2.jpg

↓徳川家ゆかりの寺なだけに、漆器に葵の御紋が(笑)。
110716_aoi.jpg

↓こんな庭園を見て寛ぎながらの昼食です。
110716_syoujin_niwa.jpg



説法はいつもの和尚さんでした。
またもや目の覚める聞法でした。

以下、和尚さんの言ったことの自分なりの要約理解なので、
教義的にはちょっとあやしいかもしれませんが、、、

①坐禅の極意
自己の想念を基点とした坐禅は、自己肥大・増長を招くのでだめで、
大自然と基点を一としている身体そのままの状態で
坐禅に取り組むのがコツ?だとか。

自己の生死に対する心構えをしっかり構築した後でないと、
坐禅の妙味も引き出せないとか。

②生死に対する心構えとは
生死をありのままに観ずる(如実知見)事により、
生は生の状態として受け止め、死は死の状態としてうけとめ、
いたずらに、生にもがいたり、死に恐怖したりと言ったことはなくなる。

また、自己のからだや生死のありさまも真如の一部として感じられる事により、
生活の一こま一こま、感謝を感じ丁寧に行動できるようになるとか。

自分も他人も真如の一部だというスタンスに立てば、
私利私欲に終始することなく、利他に励むこともできるのでしょう。

また、しきりに自分の残りの人生を見切って、
遺言を書いて、日々の生活に勤しめ、見たいな事言われました。

例え、今回の癌で死なないにしても、突然事故で死んだりして、
後悔を残すよりは、いろいろ考えて、日々の行動の規範としようかな~、
とまた考え直しました。

にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ
↑ブログランキングに参加しています。
闘病の励み、よろしければ1クリックお願いします。
page top
白昼夢
最近暑くて、座禅中に、うちわで扇いだり、扇風機を出したりして、
一向に集中してませんが(笑)
昨日は坐禅後半に白昼夢を見ました。

私:「じぃじ、癌手術が終わって一人ぼっちだったのに、仕事でほとんど会ってやれなくてごめん。」
(当時、胃を全摘出した父を一人実家に残し、月々100h残業で酷使されていました、
ここで折れたら2度目の転職をした私は、社会的に抹殺されてしまうし、
当時としては仕方ないとの判断だったのですが、、、
父はその後数ヶ月で死んでしまうし、この無慈悲?な行動が癌に直結していたんですね~、、、。)

じぃじ: 無言で微笑んで、遣り残したことをようやく終えたように、後ろを向き遠方へゆっくりと去っていく。
私: 「同じ過ちを繰り返さないように、子供とはできるだけ会話するから、、、」
   「さようなら。」

父は2度離婚したり、夜中10時ごろまで毎日囲碁クラブに通って遊んでいるような人間で
(多分家に帰るのが嫌だったんだろうと思いますが)、

私はほとんど会話する必要性を感じず、
日常生活のうえでは無視していたのですが、
健康なときはほとんど接触してこなかった父も、
身体が弱ると、実の息子といろいろ会話したかったんだろうな~、
と、坐禅して始めて気がつきました。

私が、無事癌を乗り越え今後30年生きるのか、
数年後交通事故で死んでしまうのか、
癌に屈して1,2年で死んでしまうかは、
まったくもって分かりませんが、
後悔のないよう、いつ死んでもいいよう子供に沿っておこうと思います。

坐禅をこれまで約2ヶ月続けてきて、
始めてまもなくの頃は、
過去の有様が走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消えしてましたが、
最近は自己決算は終わったのか、過去は思い出さず、
日々のあれこれが思い浮かぶようになっていたのですが、
久々の走馬灯体験でした。
page top
坐禅会7 セシウム騒動
先週土曜日6/18の坐禅会の内容を。

説法の内容だけは当日中UPを心掛けていましたが、自分に負けました(笑)。
時間的にはほぼフルスロットルで仕事しながら、癌療養&癌サーチはなかなか骨が折れます。


さて、余談はさておき、しばらく前から寺門の傍らで掛川茶の販売をやっていました。
110620_cha.jpg

お茶は先日の調査 カテキンの効能 で、
カフェインやらNa(少なからず入っている)の要因はあるが、
害よりも効果のほうが断然高いだろうと言うことで摂取し始めたので、
早速試飲をがぶのみしました(笑)。

そこへおじさんおばさんの観光客がやってきて
おじさん: 「深蒸し茶だ、飲んでくか」
おばさん: 「ほれ、それはテレビでやってたなんとか(多分セシウムのこと)が入っているから、だめだって」
お店の人: 「掛川は静岡の中でも一番セシウム含有量が少なかったので、大丈夫ですよ、、、」
おばさん: 「だめなもんはだめ」
と、そそくさと立ち去る。

初めて間近で風評被害拡大を目撃してしまいました(笑)。
そんな事言ったら、静岡以北の葉物野菜はまったく食べれんくなってしまいますがな、、、。
と、お店の人もブツクサ言ってました。

セシウムは大学・大学院で研究に使ったことあるんですが、
印鑑くらいの大きさで10万円ほどする、超高価な金属。
集めて売れないもんでしょうか(笑)。

ちなみに融点が28℃だったか、銀色、
空気を抜いた試験管アンプルの中で冬は固体、夏は液体で水銀様でした。
アンプルを割ると、一瞬で酸化して黒くなり、
触ると、アレルギー反応かかゆくなったのを思い出します。



坐禅のほうは、抗癌剤の余韻で胃腸の調子が悪かったのですが、
1時間も自分の”からだ”に働きかけながらじっと座っていると、
治癒していく実感があり、実際に大腸が活発に動き出したようで、
その後便通が回復してきました。

あまりのうれしさに坐禅後思わず、
自分のからだ(いのち?)だか曹洞宗でよくいう尽十方世界真実?でしょうか
に向かって合掌低頭してしまいましたが、
こういうのを自然な信仰心の発露というのでしょうか?
いかにも現世利益的ですが。

ちなみに、瞑想して治癒していく過程で、
ドラクエⅣのボスキャラ エスタークを思い浮かべてしまいましたが不謹慎ですね。
(この意味が分かったあなたは、オタクですよ(笑))


説法は、いつもの和尚さんでしたが、
初めての人もいたので『正法眼蔵』”生死の巻”の解説には進まず、
繰り返しで下記を仰っていました。

○人間いつかは死ぬ
人間の寿命が100年としても、36500日しかない。
一日一日36500日からの引き算をして、死へ向かっている生活している。
そういう考え方をもって、日々真剣に生きねばならない。

そういえば、一休禅師が
「門松は、冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくも無し」
と詠っていましたが、それを愚直に表現した説法でした。

私も癌であろうが、なかろうが、死へ向かって生きている事は、明々白々。
癌をいい機縁として人生の意味を模索するべきなのでしょう。

ただ確率で病気になって、寿命が尽きてなんとなく死んでいく、
のような考えでは(合理的で若くて健康的な無神論者の考え方ですね(笑))、
そこで蝿取り紙につかまって死んでいる
ショウジョウバエと同じような人生になってしまいそうです。
人間からみれば蝿も確率で死んでいるだけのように見えますしね、、、。

○生かされている
同じく、自分自身の力で生きていると思っていたって、
明日交通事故で死ぬかもしれないし、明後日血管が詰まって死ぬかもしれない。
いろいろな条件(縁)が複雑に絡み合って、ただいま生きているわけで、
尽十方世界真実の中で生かされている、と表現してもよさそうです。

○遺書の勧め
特に残された家族に対して、申し訳ない、生活していけるか不安だ、
と思っている人に対してですが、(半分私に対して言っていたような気が、、、)
家族に対しても含めて遺言を自分の部屋へ張って、
日々それを心にとどめて生活していると、

家族は、私が彼らに対していかに大切に感じているかをしっかり受け止めて、
もし私が死んでも、力強く生きていける、
また、自然、自分自身も一日一日を真剣に生きられる、
と、教わりました。

早速、遺言を考えてみましょうかね(我ながら染まりやすい(笑))。

○良寛さん
良寛さんが若いころの詩を紹介されました。

我が生は何処より来たり
去って何処にか往く
独り蓬窓(苫屋の窓辺)の下に座して
兀兀として(愚直に)静かに尋思す
尋思するも始めを知らず
いずくんぞよくその終わりを知らん
現在もまたまた然り
展転総べて是れ空
空中に旦く我あり
いわんや是と非とあらんや
如かず些子を容れて
縁に随いて旦く従容たるに

ごく簡単に訳せば、
「私の人生の意味をじっくり坐禅して探れば、
まったく空に内包されている事を実感する。
縁に寄ってゆったり生きるとしよう。」
くらいでしょうか?

良寛さん=ボケ老人(失礼)的なイメージでしたが、
若いころはこんな真摯で剛直な詩を書いていたんですね。

岡本太郎も若いころは明晰で切れる人間だったようですし、
道を極める人というのは、どことなく似てくるんでしょうか。

せっかくなので良寛さん本の御紹介
ほっとする良寛さんの般若心経ほっとする良寛さんの般若心経
(2007/09)
加藤 僖一

商品詳細を見る

↑良寛さんが歳食って諸国を放浪していたころの筆跡を載せた、般若心経解説書です。
般若心経のいろはが非常に分かりやすく解説されています。
筆跡は歳食っていて誤字脱字だらけのようですが、補足と誤字の味わい方まで書いてあります。
© 癌パパ イクメン日和. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。